1cm100mブログ

模写だとけっこう描けるのにな、な人

2017-03-31 17:29:31  |   マンガ

模写だとそこそこ上手く描けるのに、オリジナルの絵となると目も当てられない。 絵の練習をしてる人には多いと思う。ぼくもそう。

手の器用、不器用は関係ないんだろう。
上手く見える形を知っているかそうでないかの問題だ。

顔でも身体でも、こういうデザインで描けばかっこ良く決まるという形があるんであって、 自分で描くときはその正解の形がわからないから下手っぴになるんだ。それが一番の原因なんだと以前からわかっていた。

ただ、それだけじゃない気もしていた。
模写をしてる時と自分の絵を描いてる時とで、どうも使っている脳の部分に違いがあると感じる。

模写をしてる時はだ、なんとなく脳にジワーッという負荷がかかるんだよ。
気持ちのいい重みを脳に感じる。

それが自分の絵を描いてる時は、脳がスカスカと軽いのだ。
いかにも絵の描き方が雑になっている気がする。メモ帳になぐり書きしてる時みたいになってる。

じゃあゆっくり丁寧に描こうと意識しても、何だろうね、なんかが違う。
脳にジワーッが来ない。

気を練れていないというか、自分の悪い手癖に従って手が勝手に動いてしまっているという嫌〜な感じがある。 虚ろな状態なんだ。

だから自分の絵を描く時にぼくは、まず模写をして脳のジワーッ感覚を得て、その感覚をなるたけ維持したままオリジナルの絵を描く。そしてジワーッが切れてきたらまた模写を。

という風にしていた。涙ぐましい努力だ。
痛み止めを打ちながらマウンドに立ち続けるピッチャーみたいだ。

そしてあれだ、そんなことを繰り返している内に、ついに私は気付いてしまった。 模写モードとオリジナルモードとで、脳に生じる違いの正体に。

それはあれよ、親指の感覚だったのだ。

模写モードの時のぼくはだ、ペンを持つ親指の腹の部分に、いつも意識を向けていたようなんだね。 力を入れるわけではないけど感覚を集中させていて、それによって指先にむずがゆさが生じていた。 点字をなぞって読もうとするときみたいに。

そのむずがゆさこそが、さっきから言っている脳のジワーッの正体で、 実は脳ではなく指から出ていたものだったというわけ。

一方で自分の絵を描く時は、親指に意識を向けることなくなんとなく鉛筆を持っているだけだった。 だから何かスカスカした感じで頼りなかった。物足りなかった。

親指に意識を向ければ、自分の絵を描いてる時もだいぶジワーッを得られる。 模写モードと完全に一緒というわけでもないけど、まぁいい感じだ。

ぼくの場合は親指の腹だったけれど、人によっては人差し指かもしれないし、中指の側面かもしれない。 とにかく模写をしてる時の指先の感覚を覚えておくのは良いことだと思うよ。

ジワーッを感じなから絵を描けばそんなに違うのかといえば実はそうでもなくて、 よく見れば何も感じていない時の絵とあんまり変わらなかったりするんだけど、

大事なのは絵を描いていて楽しいかどうかだ。
ジワーッがあると、無い時より描くのが楽しくなる。いい精神状態で描ける。

自分が聖なるオーラによって守られてるような充実感がある。
良い絵も描けるに違いないと自信も湧いてこようというものさ。

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「必要」という言葉には「必ず」という意味があるんだろうか?

2017-02-28 10:08:22  |   軽めに

「必要」という言葉は、「必ず要る」と書く。
「必ず」とは、絶対にとか例外なく、という意味だよね?

じゃ、例外なく絶対に要る、ことを以って「必要」というわけだ。
だからこそ「必ず必要」という言葉は、よく誤りの例として出されるのだ。

だとすればだ、〇〇は必要です、と言った後に、
でも要らない場合もありますけどね、

と但し書き的に付け加えるのは、間違いなんだろうか?

よくあるじゃないかそういう使い方、
年に1回の更新料300円が必要です。プレミアム会員であれば要りませんけど。

みたいなやつ。
最初に原則を説明して、後から例外的ケースを挙げていくというやり方ね。

こういうの日本語として不自然ではないと思うんだけど、よく考えると危なっかしい気もする。 絶対に要るんですよと最初に言っておきながら、要らないケースもあるからよろしく・・何じゃそりゃという感じじゃないか?

明日のパーティー?絶対行くよ。
まぁ行かないかもしれないけど。

って言ってるのと同じなんじゃないだろうか?
「必ず必要」という言葉が間違いだというなら、なぜこっちは問題にならないのだ。

気になる人は、「必要」という言葉を「要る」に換えればいいのかもしれない。
更新料300円が必要です→更新料300円が要ります。

それで大抵は足りる。

でも、例えば「必要書類」という言葉をどう言い換えればいい?
「要書類」なんて言葉は聞かないし。

「必要書類」と謳うとき、本当にそれがどんな場合でも絶対に要る書類の集まりであることは、むしろ少ない。 大抵何かしらの例外が混じってるわけさ。

そういう例外混じりの必要物を的確に表す言葉が、今の日本語には欠けていると思うのだ。 必要書類に代わる言葉よ、出でよ。

いや、そもそも「必要」の「必」には、絶対にとか常にといった意味は込められていないんですけど、

と根っこから反論をする人もいるかもしれない。
もっと軽い意味なんだよと。

まぁたしかにそんな風に思えないこともない。
「そんなことをする必要がどこにあるの?」と誰かが言うとき、絶対どうあってもそれをしなければいけないの?他に手はないの?

というニュアンスは込めないからね普通。
もっと軽めの・・そうね、そんなことをするメリットがあるの?ぐらいの意味で使う。

木が生えてなくても木星と呼ぶように、緑っぽくても青信号と呼ぶように、全国の田中さんがみんな田んぼの中に住んでるわけではないように、

漢字の表す意味どおりに解釈しなくていいんだよただの名前だよラベルだよ、 と考えれば、とりあえずOKなのかもしれない。

でもそれだったら、「必ず必要」という言い回しも許可しないといけない。
だって「必要」の「必」は意味なんてないただのラベルなんだから、「必ず」と重複してないことになる。

田中さんが田んぼの中にいます、と同じだネ。
ぜんぜん重複してないのだ。

しかし世間一般的には、「必ず必要」は愚かな言い回しの代表格みたいな扱いになってないだろうか。 頭痛が痛いと同じで。

「必」に意味はあるのかないのか、はっきりさせてほしいと思う。
こんな紛らわしい言葉を考えた輩は誰なんだろう。実に迷惑なことだね。 なんで「必」という言葉を頭に付けたんだろう。

試しにあれだ、
「必要」という言葉が今日から「乙要」に入れ替わったら、と考えて見たまへ。

必ず乙要、乙要書類、そんなことする乙要ある?
これらは全て自然で、面倒な問題など何も起こらなかったのだ。 こっちの方が優れている。

必要を乙要に取り替えることで日本人は幸せになれると思う。

ちなみに「必要書類」に抵抗がある人は、「提出書類」という言葉を使うといいかもしれないな。 今思いついた。

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2016年を振り返り

2017-01-18 09:55:13  |   軽めに

1年の初めということで近況の報告を。
かつて行なっていたHP制作業その他もろもろについて。

HP制作業で管理していたサイトがこれまで3つあったのですが、去年はその1つが解約となりました。 初の解約事例です。

とはいえ先方に解約されたのではなく、こちらから打診をして受け入れてもらった形です。

そのサイト、契約を切られない程度に集客できてはいたのですが、 さりとて芳しいわけでもなく低空飛行を続けていました。

テコ入れしなければと思いつつも、かかる手間を考えるとなかなか厳しいなと心理的な負担になっていて・・まぁそんな理由です。 先方は何も言ってないのに勝手にプレッシャーに負けて自爆した感じです。

迷惑かけてしまったのですが、まぁそれならと受け入れてもらえました。 こちらの勝手な都合によるものですから、当然サイトは譲渡しました。(先方によりリニューアル済み)

これを機に、HP制作のメインサイトを消しました。
もう長いこと募集停止にしていたのですが、正式に終了です。7年ぐらいの期間でした。

その一方で、兄のサイトを現在制作中。
身内のサイトなら気楽に作れるので前から持ちかけていて、やっと向こうがその気になったというわけで。

去年の2月に依頼を受けて、ようやく完成しそうです。
次回のブログで報告予定。

かつて目指していたマンガ家への夢が再燃してきたんで今年はマンガを描く、

と去年ブログで宣言した覚えがあります。
実際描きました。45ページ程度の原稿と、加えて50ページほどのネーム(下書き)。

当初はコンペに出すつもりだったんですが、いつものようにといいますか、やっぱつまらんなこれ、と気付いて放置してます。 しばらく進めてから気付くという誠にいつものパターン。

もともとその作品は1番描きたかったものではなく、二軍的な感じのやつです。 だから気楽に描けるだろう久しぶりのリハビリにちょうどよかろう、

で始めたわけですが、やっぱり魂込めないとダメですね。
しっかりつまらなかったです、はい。

あとはこれといってない1年でしたが、強いていえばストレッチを始め、なかなかの成果が出ました。

1ヶ月で身体は柔らかくなる!

と書いてるブログを見てなんとなく始め、せっかく柔らかくなったのだから元に戻るのもという感じで今も続けてます。 毎日30分。当初は1時間かそれ以上やってました。

これから一生続けるのかと思うと余計なことを始めた感がないでもなく、完全に時間の無駄げなのですが、 努力は報われるという小さな成功体験ではありました。

そういえば夏に顎関節症になって、今も口を開けるたびにカクンカクン音がします。 寝る時に後ろに倒れこみながらあくびをしたらガクンとあごがずれる大きな音がして、それ以降。

人生は一瞬の油断が命取りです。
ゲームのようにバックアップはないですからね。気を付けましょう。

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能力バトルを超える設定はこの先も現れない

2016-11-22 09:02:35  |   マンガ

ふと思った。
今の漫画によくある能力バトルって、ジョジョ3部が最初にやったんじゃなかったっけ?と。

でネットでちょっと検索してみたら、実に多くの人が同じことを考えているらしいとわかった。 もうほとんど常識になってさえいる感じ。何を今さら得意気に語らなくて良かった。

元祖といってもジョジョが0から能力ものを作ったわけじゃなくて、 そのはるか前に例えば『ファンタスティック・フォー』があったし、 ウルトラマンの怪獣やキン肉マンの超人だって多彩な能力を持つには持っていたわけなんだけど、

今と比べるとそれぞれ少しずつ足りない感じがある。 『ファンタスティック・フォー』は基本的に能力者 v.s エイリアンのようで、能力者の数も少ない。

ウルトラマンやキン肉マンも、概ね同じ系統の力どうしをぶつけて戦っていたイメージ。 どちらもベースがプロレスだし。

現代バトルものの主流はあれだ、能力者たちがⅠ人Ⅰ個の、それぞれルーツを同じくする(スタンド、悪魔の実、念etc・・)特殊能力を使い敵味方に分かれて戦う、というものだ。

その能力どうしはぜんぜん噛み合ってなくて構わない。
むしろ噛み合っていないほうが楽しい。

ギャンブルで負かした相手の魂を奪えるという能力者が、炎を吐く能力者らをどうやって倒すのか。 そんなアンバランスの戦いの面白さを世に広めたのは、やはりジョジョだろうと思う。

当時はその設定をさして新しいとも思わず、ふーんという感じで自然に受け入れていた。 でも今にして思えば、偉大な前進だったのだね。

あれからもう25年ぐらい経つわけだけど、なかなかそれに替わる設定が出てこない。 バトルものの新機軸が生まれていないように見える。

ここまで長いこと、このジャンルの進化が止まっていたことってあるんだろうか? かなり異常な事態なんじゃないのか?

80年代以降、漫画の人気はバトルものが引っ張ってきたわけじゃないか。 キン肉マン、北斗の拳、ドラゴンボール・・。

そうした作品は何かしら新しいバトルの姿を見せてくれたと思うのだ。 キン肉マンにはトーナメント、力の数値化、という今はどちらも流行らないけど後のバトルものに大きな影響を与える2つの要素があったし、 北斗の拳には北斗神拳が。

ドラゴンボールは、今では世界中に定着している、エネルギー弾を飛ばし合う超バトルを確立した。 その頃のバトルものは日々進化していたのだ。

その後ジョジョ3部が出たことでバトルものは理論面での頂点を迎え、ONE PIECEで人気の頂点を迎え、 その後は停滞しているように見える。

新しいバトルものが始まっても、またこの設定かぁ・・と感じることが多い。 すごく多い。

バトルものを描こうと思えば二番煎じ三番煎じ上等で能力バトルにするか、 それを避けて一昔前の、剣や拳法どうしで戦うクラシカルなバトルにするか、どちらかになっている感がある。

サッカー風にいえば、横パスかバックパスしかできない状況みたいなものだ。 前に運ぶことができない。

強いていえば進撃の巨人的なグロが近頃の流行で新しい要素なんだろうけど、グロは進化なのかな・・?

バトルものが盛り上がらなかったら、業界全体が盛り上がらない。 エースで4番だものバトルものは。引っ張ってくれないといけない。

漫画が売れなくなった一因に、エースの停滞はきっとある。
乗り越える時が来るんだろうか?

ぼくは来ないんじゃないかと思う。
悲観的な予想だけど、能力バトルを超える新機軸はこの先も現れない。

そう思う理由はこうだ。
能力バトルとは、すなわちバトルものにおける総合格闘技だから。

能力バトルとは平たくいえば、何でもありのバトルのことだ。 制約を取っ払って何でもありの戦いにすれば、能力バトルになる。 どんな超能力でも出せる。超能力者全員集合のオールスターバトルだ。

これは格闘技でいえば総合格闘技なわけよね。
ルールを取っ払って最も制約を少なくした格闘技が現在の総合格闘技だ。何でもありの格闘技だ。

そして一度何でもありのバトルが誕生してしまったら、それを超える体系は出ないと思うんだよ。 たぶん50年後も100年後も、格闘技の最高峰は総合格闘技のままなんだろうと思うじゃないか。

新しい格闘技は何かしら出るんだろうけど、総合格闘技より格の高いものにはならない。 何でもありよりスケールの大きな世界なんてないから。

同じことは漫画のバトルものについてもいえる。
能力バトルという何でもありのバトル以上に大きなスケールのバトルは作れない。

だからこの先でるバトルものは全て、今と同じかそれ以下のスケールの設定にならざるをえない。 どちらにせよインパクトに欠ける。

漫画界のエースであるバトルものは、この先も停滞を打ち破ることができず、 それにより業界は静かに衰えていく。そんな気がする。

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