1cm100mブログ

大切なものを失った喪失感を紛らわす方法

2016-10-01 09:21:06  |   より大きな自分を目指して

何かを失った時に悲しいのは、思うに自分が後退させられたと感じるからだろう。

前の自分と比較して不幸になったことが悲しいんだ。
スゴロクでいえば、10コマ戻る、のマスに止まってしまった時のような気分になるのだ。 戻る前の自分、10コマ先にいた時の自分、を思い出しては、今との差を嘆きたくなる。

だったら過去の自分と比較するのをやめれば、悲しまずにすむわけだよ。こう考えてみてはどうだろう、 10コマ戻った今こそが本当のスタートであり、これまではただのオープニングムービーに過ぎなかったのだと。

ほら、よくファイナルファンタジーなんかでさ、冒頭にムービーがあるじゃないか。 2頭身のキャラが勝手に動きまわって、城が魔物に滅ぼされるとかなんかそんなストーリーを説明してくれるやつ。

その間プレイヤーにできるのはボタンを押すことだけ。
いつ終わんのかなこれ、いい加減操作させろよーなんて思いながら、Aボタンを連打する。

やっと終わってプレイヤーを十字キーで動かせるようになった時、力がみなぎるのを感じる。 今まで無反応だったキャラを、ついに自分で動かすことができたのだ。

指揮権を自分の手に与えられた時、人は喜びに武者震いするのである。

で話を戻すけど、人生で何か大きなものを失った時はだ、
これは最初から決まってたストーリーであり、長い長いオープニングムービーがやっと終わったんだ、と考えるのよ。

オープニングで悲しいことがあろうとも、それは自分が何かを失ったわけではない。 そういうストーリーだったに過ぎない。 だからリセットボタンを押す必要はないし、むしろここからが本番だ。これからどんな冒険が待っているのか早く見たいぞワクワクするぜー!

そんな前向きな気持ちになれるかもしれないよね。

喪失は後退でもなければ終わりでもない、始まりなのだ。
ついに始まった君の人生を十字キーで操作せよ m9( ゚д゚)

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鬱にどっぷり浸るのは気持ちいいことではあるが

2016-08-05 11:11:18  |   より大きな自分を目指して

もともと明るい方ではなかったが、それでも過去の自分を振り返ると、けっこう無邪気だったよなぁと思わずにいられない。 のび太くんみたいな軽さがあったよ、かつてのぼくは。

ほら、のび太くんってさ、いじめられっ子で決して社交的なタイプではないけど、 といってどんよ〜り沈んでるわけでもなく、案外とお調子者で根っこが軽い感じあるじゃない。

昔のぼくはああだったんだよな。
いかにもFさんのマンガの主人公的な、弱さと軽さを併せ持っていたと思うのだ。

その軽さをいま失いかけてる。心がこの数年で急速に年をとった。
正真正銘の根暗になった。 ウツ体質になり、特にこれといった理由もないのにドップリ落ち込む時間が増えた。

なんで暗い性格に固まってしまうんだろ。別にそれがいいと思ってるわけじゃない。 よーし俺は根暗キャラで地位を確立するぞーとか、暗い性格を武器に人生切り開くぞーそっちの方が強いからな、とか思ってるわけじゃない。

でもズルズルと暗い方向へ引きずられていく。
明るい人からすれば、自分から好きで選んでいるように見えるだろう。

いや、たしかに自分で選んでいる部分もあるのだ。
暗く沈んでいる時間って、つらいはつらいんだけど、同時に甘美な癒しでもある。

もうだめだと弱音を吐くとき、エネルギーが解放されたような心地よさがある。
立ちっぱなしの電車でやっと席に座れたときのじわーっと癒しが広がっていくあの感覚だ。あ〜ホイミだわぁこれみたいな。

人間立っているより座っている方が楽で、座っているより寝ている方が楽だ。
重力に逆らわず下へ下へ行くほど身体が楽になる。

同じように、心も下へ下へ沈んでいくほど、なんか楽になる感じがある。
その甘美な魅惑に取り憑かれる。それがうつ病ではないだろうか。

ドップリ落ち込んでる人というのは、つまり心が横になって寝ている状態なのだ。
疲れた心を休めていますという感覚にいる。身体は起きながら心は寝ているのさ。

それは悪いことなのか?心を横にして休ませるのはダメなことなのか?
さぁねわからないが、とにかく寝たきりになるようではまずい。

心を下へ下へ沈ませていく魅力にとりつかれると、いつしか心は地面を突き抜けて水中にまで潜ってしまう。 その段階に達すると、もはや下へいくことは回復ではなく消耗になる。

本当は水圧で押しつぶされてるのに、本人はそれに気付かず、 もっと下へもっと下へとより楽なポジションを探し続けるのだ。

実際ウツの人ってそうじゃないの?
もっと潜りたいもっと潜りたいという誘惑を感じているはずだ。

それは心の暴走だ。 何の役にも立たない愚かな行為であり、ただでさえ少ない心のエネルギーを、自分を傷つけることに使っているのだ。 お金を窓から投げ捨てるような、もったいないことなんだ。

気分が沈んでるからといってお金を窓から捨てる人はいない。
そんなことしたら余計に死にたくなるのは見えてる。むしろウツの人ほど、将来の不安を和らげるためにお金を大切にしないといけない。

だったら同じように自分の心のエネルギーも大切にしないと。
ドップリうつに浸ってラリってるとき、エネルギーはどんどん垂れ流されている。

それを放っておいていいのか。アホらしいんじゃないのか。
そう疑問を持つところからスタートしようじゃないか。

まぁね、とはいってもぼくらウツビトに常に明るい気分でいろというのは無理な話なんだよね。

曇り時々雨、みたいな気分なのは仕方ない。そこは受け入れるしかない。
いつも水深5メートルぐらいの冴えないところにいるわけさ。

そこから陸上に這い上がる力はないにしてもだ、大事なのはそれ以上潜らないことだと思う。

5メートルでとどめる。10メートル、20メートルと潜らないようにする。
もっと深くもっと深くという誘惑をはねつける。

何となく憂鬱だなぁと感じた時、それは水深5メートルにいるときの状態なんだ。
これはまぁ放っておくしかない。

でもそこから、はぁ死にたい・・とか、この先何も待ってないよなぁ等の弱音が出てきそうになった時、それこそが誘惑の瞬間だ。 勝負の時だ。

弱音に浸るのに夢中になって、もっと深く水深10メートル20メートルまで潜るのか、それとも現在の水深にとどまるのか、自分で決める。

水深20メートル行きの標識

自分が2択を迫られていることに気付かないまま、何となく流されてズルズル沈むのはよくない。 深く潜るにしても、それを自分で選んだことを認識するのだ。 水深20メートル行きコースを選んだ瞬間が絶対あるはずだから、その瞬間を逃さず、捉える。

そういう癖をつけるのは、ウツビトにとっていいことだと思う。
わざわざ自分で選んでウツになっていることを自覚すれば、そのうちそれが馬鹿らしくなって止められるかもしれないじゃないか。

ウツへの誘惑はとても甘美で強いものだけど、 今が分かれ道だ、という勝負の瞬間を自覚できれば、10回のうち1回は勝てるかもしれない。 ウツに浸るのやーめた、を選べる時があるかもしれない。

そしたらそれを2回3回へと増やしていくことも可能なんじゃないかと思うよ。
だんだん勝ち方のコツがつかめるかもだ。

ちなみに自分の経験でいうとだね、 ウツ誘惑に勝てるときというのは、マイナス思考を強靭な精神力でふんぬらばぁぁ!と押し出して勝つというのではないんだ。

むしろフッと冷静になって、誘惑をひょいっと片手で払いのける感じ。
今忙しいから後でね、と顔も向けずにあしらうみたいに。

クッキーの缶のぷちぷちをつぶしている時に、おっとこんなことしてる場合じゃないやと我にかえる瞬間があるじゃないか。 あれだ。

ウツになんかなってる場合じゃないんだよ、お前と遊んでる暇なんかないんだよ、
という感じで、サッと軌道修正するんだな。

なんかその辺にね、鬱バスターになるための極意がありそうに思うんだ。
合気道みたいに軽く投げる。

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他人の幸せを妬むのやめてクリーンな心で生きてきたいね

2015-07-24 08:02:46  |   より大きな自分を目指して

人が持っているいろいろな感情の中でいちばん無くてもいいもの、いや無いほうがいいんじゃないかと思うのが、妬みというやつだ。 人の幸せを妬む。みっともないよね。

誰かを妬んでいるときって、自分の精神エネルギーがどんどん消耗していく感じがある。
みっともないだけだったら他人に隠せばどうにでもなるけど、それ以上の実害をしっかり自分の人生に与えているのだから困る。 とにかく疲れるのだ。

何か意味のある感情なんだろうか妬みって。
何で備わってるんだろうこんな感情が。 人を妬んで何かいいことがあるんだろうか。

向上心とか負けず嫌いとかの感情と結びついているとは、まぁ想像しやすいところだ。 要するに人を妬む気持ちがもしもなかったら、悔しさとか向上心もわいてこず、成長が止まってしまうだろうと、 そんな風にいえないこともないだろうとは思う。

実際、プロスポーツ選手で成功する人の共通点として、異常に負けず嫌いというのが挙げられるらしい。 ほんと病気じゃないのと引かれるぐらいに負けず嫌いでないとダメなんだってさ。勝てる男にはなれないらしいよ。 どっかのアメリカ人が言ってた。

でも自分の経験でいうとあれなんだよなぁ、悔しいという感情が前向きに働いた記憶があんまりないんだよなぁ。

悔しいから努力をする、よりも、悔しいからいじける、の方に向かいやすい自分の場合。 却って疲れてやる気をなくすことの方が多い。悔しさを感じなくてすむ別の世界に旅立とうGood Bye!

という気持ちになる。疲れて逃げてしまう。
妬みがなければ、もっと楽に軽やかにエネルギッシュにバイタルフルに生きられる気がしてならない。

ぼくは自分の妬みという感情を消し去りたいのだ。浄化してクリーンな心で生きていきたい。 妬むのではなく、むしろ人の幸せをプラスのホーリーパワーに転化して、自分のエネルギーにできれば、 人生楽しいんじゃないかと思う。

なにもそれは特別な人間にしかできない離れ業ではないと思うのね。
人にはもともと、他人の幸せを妬むのではなく、むしろ喜ぶ機能も備わっているからだ。

例えばこんな動画を観たとしましょうよ↓

これを観て、キィーッ悔しいー!となる人はあんまりいないと思う。
幸せそうで何よりですな、の気分になる。どちらかといえばエネルギーをもらえた感じだ。

だったら他の種類の幸せに関してもだ、他人のそれを自分のエネルギーに変換できるのではないだろうか。 ちょっとした心の使い方ひとつで。

つまりはこうだ、何かいいことがあって喜んでいる人を見たら、その人が幸せという名の猫を飼っていると想像するのだ。

猫とたわむれてホクホクしてるんだなこの人はと思えば、さてどうだろう、そこに妬みの感情は湧いてこないかもしれない。 むしろそこからエネルギーをもらえるかもしれない。

そんな風に他人の幸せを、合気道のように、自分の力に転化する習慣を身につければ、人生の達人になれると思わぬかね? まぁぼちぼちそんな風に自分を変えていこうじゃないか。

COMMENT: 2

スピリチュアルな何かが好きな人

2015-04-16 09:35:58  |   より大きな自分を目指して

スピリチュアルなものに憧れを抱くタイプの人っているよね。
俗世を軽蔑して、なんかもっと高潔な感じのするものに惹かれてる人。

ぼく結構そのタイプなのよ。
別に宗教信じてるでもないけど、なんとなく自分を神聖属性にしたい癖があるの。

仕事でバリバリ儲けて成功してる人より、洞窟にこもって座禅してる人のほうがかっけー、みたいな価値観。 そういうのが本物の人生だろ、みたいな思いが心の深い部分にある。

じゃ座禅してろよ勝手に、と言われると、いやいやそれはそれで困るのよ。
そんな人生つまらないから。

人並みに人生を楽しみたいんだよこっちだって。
別に座禅が趣味じゃないんだよ、そりゃそうさ、座禅して何が楽しいんだよ。

でも座禅してるほうがかっこいいよな、な自分もいて、その間を行ったり来たりしてるのさ。

ぼくは人間って誰でもそうだろうと思ってたんだ、かつては。
みんな洞窟で座禅に憧れてんのかと思ってた。

でもそうじゃなかったんだな。
多くの人は洞窟座禅ガイを、あーなんか時々いるよねそういう人、ぐらいにしか見てない。

じゃそういう多くの人が、自分を向上させることに無関心な精神的に怠惰な人間なのかといえばそうでもなくて、 「向上」という言葉でイメージするものがぼくたちとは違っているというわけらしい。

彼らは世の役に立つとか、人とつながることを以って、自分自身の向上、人生の向上、と捉えているように見える。

反対にぼくにとってそういうのは、なんか人生の暇つぶしというか、テレビゲームをしたりインターネットをだらだらやるのと同じような行為に感じられてしまう。

誰の役にも立たず世捨て人になって、山奥でツボでも作ってたいなーそういうのかっけーよなー、なんて思ってしまう。

この価値観の違いはさ、たぶん「宇宙」と「地球」のどっちが好きか、から来ているんだろうと思う。

誰かの役に立ちたいとか誰かとつながりたい、という価値観はさ、どっちかといえば地球のイメージに合うものなんだよ。 そういう気持ちが強い人って、たぶん宇宙より地球が好きな人なんだ。

生命と水の惑星さいこー!ヒャッホーイ!な人。
いわば「地球チーム」に所属してる人。

地球チームにいる人にとっては、地球のイメージに合うことをするのが、かっこいいことであり価値のあることに感じられる。だから彼らにとっては人とのつながりこそが、人生の向上のキーワードに感じられる。

反対にスピリチュアル大好物系洞窟座禅ガイな人は、たぶん地球より宇宙を好いている。 いや、好きというか宇宙のほうがかっこいいと思っている。

地球チームと宇宙チーム、どちらに入りたいですかと訊かれれば、そりゃ宇宙ですよ、なんとなくステータスが上じゃないですか、かっこいいじゃないですか、

と思っている。
だから宇宙のイメージに合うものが何でも好きで、そういうのを集めることで宇宙チームの一員たらんとしている。

宇宙という言葉でイメージするのは、例えばこんなのだ↓

  • 精神
  • 沈黙
  • 荒涼
  • 菜食
  • 虚無
  • 哲学
  • 数学
  • 芸術
  • 孤独
  • 老子

反対に地球という言葉で連想するのは、こんなのだ↓

  • 火、水
  • 物質
  • 生きがい
  • 肉食
  • 社会
  • にぎわい
  • ふれあい
  • ビル
  • 豊穣
  • お金
  • 法律
  • ビジネス
  • 友情
  • 家族
  • 孔子

地球チームのほうが楽しい人生を送れそうではあるけど、宇宙チームの一員であるというステータスも捨てがたい。

スピリチュアル大好物系の人間というのはそういう見栄が強い人種なんだ。
事あるごとに自分は宇宙チームの一員ですよアピールをしたがる。

だから何となく生き方がそっちの方へ・・孤独とか無常な方へ・・流れていってしまう。

でも本当は地球チームの一員のように楽しく陽気に暮らしたいとも思っている。
宇宙チームの一員というステータスを確保したうえで、あくまで地球側にいたいのだ。 ちょうど暴れん坊将軍の徳川吉宗が、将軍というステータスをがっちりキープしたうえで庶民になりすましていい気になってたのと同じようにだ。

そんな風に中途半端だから、結局何をやっても上手くいかないことが多いのではなかろうか。 地球チームへの正式入団を考える時かもしれん。

COMMENT: 1

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