漠然とした不安や憂鬱はただの誤報

2017-10-29 09:36:12  |   より大きな自分を目指して

昔、老人ホームの警備員のアルバイトをしてたんだけど、 時々、認知症の老人が火災警報のボタンを押してしまうことがあった。

警報が館内に響き渡り、介護スタッフがぼくの所へやって来る。
例によって誤報ですんでよろしく、みたいな感じで、こっちは後始末に追われるわけだ。

大音量の警報がとつぜん鳴ればもちろんみんなビックリするんだけど、 どうせ誤報なんでしょ今回もと思っているから、パニックになったりはしない。 警報を真に受けることなく、賢く距離を取ることを覚えていた。

こういう態度って、自分の心との付き合いにおいても大事なことだと思うようになった。 心の発する警報を真に受けない。自分の心をあまり信用しない方がいいってこと。

ぼくはうつ気質なもんで、しょっちゅう不安や憂鬱に襲われる。 これは心の発する警報みたいなものだ。何かやばいことが起きてるから対処しろ、のメッセージだ。

でも多くの場合、やばいことなんて別に何も起きてやしない。
ぼくの心の中に住む認知症の老人が、警報器のスイッチを押しただけなのだ。

そういう何の意味もない誤報を、心というのは実にしょっちゅう鳴らしてくれる。 それを真に受けて振り回されてクタクタになるのは愚かなことだ。

こないだ動物の心について1冊の本を読んだんだけど、面白い事例が載っていた。 家の中の飼い猫が、窓の外に見知らぬノラ猫を見たとするじゃないか。

そのとき猫は、近くにいる仲間の猫や飼い主を攻撃することがあるんだって。

意味わからないでしょ?
なんで関係ない味方にアタックするんだろう?

つまりこういうことなのさ。
見知らぬ猫を外に見たとき、まず飼い猫は不安を覚え、その不安が怒りを呼び、攻撃スイッチが入る。

しかしスイッチが入ったところで相手の猫は窓の外にいるんだから、攻撃することができない。

すると繰り上げ当選みたいな論理で、てきとーに手近にいる猫や人間を替わりの攻撃対象にしてしまうと。 転嫁攻撃というんだそうだ。

こういう話を聞くと、猫とはなんとアホな生物よなと思うじゃないか。 まるでバグだらけのソフトウェアだ。

でもたぶん僕たち人間の心も、それとあんまり変わらないんだ。
生物の脳とか心というのは、そんな高品質のプログラムで動いていないんだと思う。 すんごい単純な仕組みでいい加減に作られてるんだよどうせ。

だからしょっちゅう間違いをおかす。
意味のない警報、意味のない命令、意味のない反応を連発してくれる。

そんな粗悪な出来の感情システムに、多くの人が振り回されてクタクタにさせられている。 このポンコツシステムが人類に与えたダメージは計り知れない。

自分の心は信用に値しない。ようやく最近そこに気付いたのさ。
これまでもそういう内容の本なりを読んだことはあった気がするんだけど、なぜか心に入らなかった。

さっきの猫の心の話と、昔の老人ホームの警報エピソードを思い出したとき、なんか突然に目覚めた。 ああ警報は嘘だったんだと。

認知症の老人が3ヶ月に1回ぐらいの頻度で押してた火災警報と同じぐらいの信頼性で自分の心の警報が発動していることを、やっと実感できるようになった。

特に理由もなく憂鬱な気分になったときは、 まーた誰かがスイッチ押したよ、まいったなぁ。 まぁ30分もすれば静かになるだろどうせ、

とそんな風に自分の心を突き放そう。
ぼくたちを苦しめるめくるめく脅威は、実際には存在しない。

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